研究目的


研究の背景

現在インドネシアのスマトラ島に、京都大学宙空電波科学研究センターが今年度末の完成を目指して 建設中の赤道大気レーダー(Equatorial Atmosphere Radar; 以下EARと略称)は、赤道域に初めて 建設される大型大気観測レーダーである。EARの完成により、これまでほとんど観測手段のなかった 赤道域中層大気の連続的、かつ高精度なデータが入手できることになり、地球規模での大気力学の 研究ならびに地球環境の理解に大きく資すると期待される。
大型大気レーダー観測は、気象状況に無関係に、また降水の有無にかかわらず、高度と時間について 連続したデータを提供できるという大きな利点を持つが、

などが主な制約となっていた。


研究目的

本研究は、この装置を中核とし、申請者らがこれまでに蓄積してきたレーダー信号処理ならびに 環境計測に関する知識と経験を集約することにより、従来の手法を用いた単独のレーダーによる 観測の限界を越えた高度な利用技術を開発し、EARの価値を飛躍的に高めることを目的とする。

特色と独創性・期待される成果

京都大学が滋賀県信楽町に建設したMU(Middle and Upper Atmosphere)レーダーは、極めて柔軟な システム設計を有し、建設以来16年を経た現在でも、世界各国の研究者の共同利用により新しい 観測手法が開発されるなど、観測手法の研究のためには最も適した装置である。申請者らは、 この装置の構想の段階から現在に至るまで、観測技術とデータ処理技術の両面で様々な試みを 重ねてきた。それに対して、最近世界各地で建設されているウィンドプロファイラーと呼ばれる やや小規模なレーダーの場合は、定常観測を目的とするため、観測手法やデータ処理手法は、 安定ではあるが古典的なものにとどまっていることが多く、装置の性能を最大限に発揮しているとは 言えない状況にある。

本研究では、最先端の信号処理技術を取り入れたデータ処理手法と、ネットワーク技術の進歩を 活かした遠隔利用技術、さらにマルチスタティック観測など最新の観測技術を投入し、定常観測を 目的として建設されたEARのハードウェア自体には大きな変更を加えることなく、観測最大高度や 風速推定精度などのレーダーとしての基本性能を向上させると同時に、周辺の測器から得られる 情報を有機的に組み合わせることにより、気象パラメータなどの高次推定量の信頼性を向上させる ことを目指す。

特にマルチスタティック観測機能は、既存のレーダーシステムに複数の受信専用設備を追加する ことにより、観測対象領域を高度方向のみの1次元から、レーダー電波が届く3次元の全領域へと 拡大するものである。本研究では最近のディジタル信号処理技術の進歩を利用し、個々の 受信アンテナに信号処理装置を設置した大気レーダーとしては世界初の多機能ディジタル ビームフォーミングアレイを実現することをめざす。この技術は、単にEARのみならず、世界各地の 既存大気レーダーの性能向上にも資する先駆的技術の開発となることが期待される。

内外の関連研究における位置付け


大気レーダー技術は世界で広く用いられているが、わが国においては、上記の小規模ウィンド プロファイラーネットワークの展開がようやく開始されようとしている段階であり,MUレーダーを 用いた16年間にわたる申請者らのグループによる研究がほとんど唯一の技術開発の実績である。 また、国際的にもMUレーダーに匹敵する自由度を備えたレーダーは全く例がなく、上述のように 各国の研究者が来訪して利用している状況であり、大気レーダー利用技術の点では世界をリード している。